
インドネシアの講演旅行で、いろいろな人との温かい出会いがあった。
講演旅行は、7日の間に大学や書店など、20か所をまわり、ハードなスケジュールとなったが、その行く先々で講演を聞いてくれた方たちや主催者の方たちの歓迎の心に、疲れなどは吹っ飛んでしまうのだった。
そして中でも、やはりユニークな個性を垣間見ることになったのは、B型の人たちだった。
バンドンという街へ行った時の事、この街で、最も明るく楽しいと言われる教会で話をさせて頂いた。牧師さんはB型である。くるくるよく動く目と、イタズラっぽそうな表情がいかにもB型っぽい。私があらたまって丁寧に挨拶をしようとすると、「いやどうも」ぐらいの軽い握手でかわされてしまった。照れ性で、かしこまった挨拶が苦手なのは、日本のB型さんとまるきり変わらないらしい。
そして、教会の中に案内されると、人々の熱気に圧倒された。400人近くの人々がそれほど大きくない部屋にイスをぎっしり詰めて座っている。
それでなくても慣れない講演に出向いている私としては、少々その気迫に押されぎみになる。しかし、みんなが揃い、牧師さんの短いお話が済むと、突然リズミカルな音楽が鳴り出した。教会というと、日本の場合は特に、何となく静粛でどこか閉鎖的なイメージが強いと感じているのは私だけかもしれないが、そんな雰囲気とはまるで違う。とにかく明るい…というか賑やかである。そういえば、壇上の端にはドラムも置いてあり、ミサの時には牧師さん自ら叩くらしい。無宗教の私も、こんな教会なら毎日来てもいいかとさえ思ってしまった。
そんな楽しそうなムードに緊張も無くなり、ほっとした気分で話をすることができたのだった。
会場は、大盛況で、笑いと質問の渦だった。それは、決して私の話術がすごかったわけではもちろんない。
まず一番は、牧師さんが血液型の話に大変な関心を持ってくれていたのだった。さすがB型の牧師さんは調査好きのようで、翻訳された本はもちろん読んでくれていたし、私たちのホームページなど、インターネットですでに情報もたくさん持っていてくれた。牧師さんは既に、自分自身をB型に違いないと実感し、この研究に大変な感銘を受けてくれていたのだった。
ある人がこんな質問をした。「血液型の特性は、いったい人の性格のどれくらいの割合であてはまりますか?」
それに対して私が、「4割ぐらいでしょうか」と答えると、牧師さんはつかさず、「ms.Ichikawaは正直にお答えしたのかもしれませんが、私が見る限りでは、8割、9割、あてはまっていると思いますよ」と信者の人たちに話してくれていた。
…そう、私も実は、内心そう思っているが、正確なところなど言うことなどできないのだから、遠慮したのだ。
そして牧師さんは、こうも加えた。
「なぜだか今は判らなくても、神はこの血液型をお創りになったのだから、それは私たちに必ず意味のあることだ。血液型にはそれぞれ何か、役割があるということなのかもしれない…」
そんな、素晴らしい話しを信者の方々に伝えてくれた。
インドネシアの人々はもちろんだが、牧師さんにしたって、我々の著書が翻訳されてはじめて血液型の存在に関心を持ったのだから、まだわずかな期間だというのに、何と機敏な反応だろう。
B型のこだわりのない柔軟な頭と心は、血液型への理解と関心も早く進むのである。
この、自由で開放された考え方を持つ、B型牧師さんのカリスマ性が、信者たちの求心力を高め、人々の心を1つにするのである。心を解放して望めば、人間の心というのは本来はとても素直で、良いものは良い、間違いは間違い、面白いことは面白いと、率直に感じるのである。
集まった信者の方たちは、まるで子どものようなあどけない表情で、私の話しに真剣に耳を傾け、よく笑い、よく質問をしてくれる。人々の、好奇心いっぱいの、素直で温かな心の反応に、本当に感動したのだった。そして決して偉ぶらず、B型独特のやり方で、ひょうひょうと人の心を集めている牧師さんに、心から敬服した。
日本もかつて、そんな時があった。
この血液型人間学を能見正比古が世に発表したとき、目を輝かせて一等に訪ねて来たのは、みなB型だったという。そして、他の日本人の多くが、この驚く新事実に大変興味を持ったのだったが。
しかし、残念なことに、日本は時間とともに少し変わってしまった。
素直な心で「良い」とした、最初の頃の感動は、まるで陰を潜めてしまったようなしたり顔。
もちろん、それはB型に限らず、日本全土に素直に心を開けないムードが蔓延しているのだが、あえて言えば、B型が、世の中の先をいく新しい世界にまっさらな心で興味を向けなくなったら、この世界の進化はないような気がする。
幕末の頃、誰もが不可能だと思うことに目もくれず、日本の未来を純粋に夢見ていたのは坂本竜馬だった。彼の血液型は分かっていないが、その言動からB型に違いないといえば、多くの人は賛同するだろう。
ことスポーツ界においては、長島茂男、青木功、岡本綾子、野茂英雄・・・多くの、時代を切り開いた面々がいる。
血液型が判明しない人々が多いが、世界中の進化の歴史の中で、B型のそうした活躍が突破口になっていったに違いない。
この血液型人間学にしたって、B型能見正比古がいなければ、私が海の向こうのインドネシアまで渡って、講演をするなどということは、恐らくあり得なかっただろう。
だから私は期待する。
B型の開放された心と頭に。
そして純粋にそれに向かっていく勇気に。
日本のB型たちよ、早く部屋から飛び出して、外の世界に目を向けて!!